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流浪の月/感情と思考の足跡

by KOUki

 吸い込まれるように物語へ没頭したのは何年振りだろうか。そんな小説を読んだので、読み終えたばかりの僕は何を感じ、何を思ったのか、書き留めておく。いつか忘れてしまうだろう僕の心と脳のために。

 『流浪の月』を読み始めたとき、テレビドラマの「MOTHER」を思いだした。【誘拐される】子と【誘拐する】大人。一般論的な第三者の視点からは決して理解できない二人の関係性。この関係性の中にある「理解の不可能性」は、主人公二人の繋がりが物語的で「特殊」なモノだからではなく、現実で僕たちが紡ぐ人間関係すべてに孕んでいるはず。客観的事実だけでは語れない、当事者だとしても伝えることはできない、そんな関係性の理解できない部分が。そして、理解のできない関係性が。

 「でも多分、事実なんてない。出来事にはそれぞれの解釈があるだけだ、(中略)わたしが知っている文(ふみ・登場人物の名前)と、世間が知っている文は全然違う。その間でもがく。」(139ページ)

だから、これに尽きるのだろう。世間は、上澄みのような情報と、たった一本の人生の道中で得てきた経験に基づいて、誰かにレッテルを貼ったり、傷をつけたり、哀しんだり、優しくする。そんな外的なものと生きていかなければならないし、僕だって、誰かの「そんなもの」のひとつなんだと思うと、苦しくなる。生きるって大変だ。

 2020年7月31日。平日のお昼。内定をもらい、あとは研究に励むだけのはずの大学院生である僕は、街のスターバックスでアールグレイのティーラテをミルクたっぷりにしてもらって飲んでいる。朝起きたときは、やっと長い梅雨が終わったかのようにカンカン照りの日差しだったのに、通り雨に打たれ、街中を掛け、冷房の効いた店内でこの文章を書いている。ソーシャルディスタンスで席の間隔が広くて居心地がいい。脅威とゆとりが混沌とする新しい生活スタイル。

 何を感じて、何を考えているのか。ふと過去を振り返ったときに何も思い出せなくて虚しくならないようにと、最近は本を読むときに、ボールペンで本に文字や線を書き込むようにしている。感情と思考の足跡を残す。そこを歩いたことをいつでも確かめられるように。

 「あきらかにできないから秘密なんだけど、抱えることも苦しいから、いっそ全部ばれてしまえばいいと思うときもある。ばれてしまえば楽になることもあるだろう」という51ページのフレーズに僕は線を引いていた。物語を最後まで読んだ後、このフレーズに再び触れたとき、これでやっと「読了」した気がした。読みながら琴線に触れたから、ここに線を引いたのだろう。しかし、読み終えた僕がこのフレーズに対して、違う痛みを感じると思っていただろうか。足跡が小説の楽しみ方に深みを与えた。

 またいつか、この本を手にとるときが来るとしたら、今つけた足跡をみて、僕は何を思うだろうか。この文章を読んで何を感じるだろうか。今の僕の状況を思い出して、笑っているだろうか。

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